道草日和。

「葬送」

「葬送」
平野啓一郎
新潮文庫

「葬送 第一部 上」
(2009.08.09)

「葬送 第一部 下」
(2009.08.14)

「葬送 第二部 上」
(2009.08.21)

「葬送 第二部 下」
読み終わりそうだということが残りの頁で知らされると
読み進むのが、読み終えてしまうのが惜しくなった。
この作品の中で、何度か「批評」や「感動」について触れられていて
「fで弾かれるはずの音がpで弾かれていた。
それを大発見のようにいうことに、違和感を感じた。
感動とは、そういうものか。
ただ『すばらしかった』としかいえないし、
後から分析したものが本当の感動といえるのか」というようなせりふがあった。
もちろんこのせりふは、物語の登場人物がいう言葉だが…
そういわれてしまうと、今回は「よかった」としかいえない。
(2009.08.26)

だけど、2つだけ言わせてくださいな。
「葬送」のストーリーに関わる記述があります。
未読の方はご注意ください。↓



1 この物語は、「葬送」という曲を残した作曲家でありピアノ奏者であった音楽家と、
日本の世界史の教科書にもその絵が載せられているほどの有名な画家、
この2人を中心に描かれているが、
彼らの周りにいる人々の目から見たもの、考えていることも細やかに描かれている。
その中に愚かで悲しい女性が登場する。
彼女の音楽家への愛は、周りが見えなくなる、だけでなく
音楽家の健康状態すら見えなくする。
「私が演奏会を設定した。彼を有名人にも会わせた。私の家族にも会わせた。
それはみんな、彼のため。あの方に喜んでいただくため」と信じて疑わない。
彼女の企画を遂行するための無謀な旅は、ほかならぬ愛する彼の体を蝕んでいくのに。
でも、私は彼女を笑えない。
私も「彼のためにしてあげた。きっと喜んでもらえる」と勝手に思い込み、
喜んでもらえないと落ち込んで、
自分の幸せを他人にゆだねるような愚かな人間だから。
私がこれを愚かなことだと気づいたのはごく最近のことで、
気づいてもなお、愚かさが時々顔を出す。
愚かであることは罪深い、そして悲しい。

2 私は自分に教養がないのは、自分が生まれた時代のせいだと思っていた。
しかし平野氏の作品を読むにつけ、
「それは私の怠惰のせいだ」と気づかされる。
平野氏は、その若さで深い教養を身につけ
豊かな読書に裏づけされたしっかりした文章で読者をひきつける。
今回は、最近出版された新潮文庫の彼の新刊を読んでいて、
「葬送」を読まないといかん、と気づき、先にこちらを読むことにしたのだが、
またしても彼への憧れというか、うらやましいというか、
そういう気持ちをいっぱい持ってしまった。
その「天才」(という言葉は「葬送」の中でよく使われる)は
私などには思いもよらぬ悩みを伴っているのだろうけれど。
「葬送」の中で、画家が技術とセンスについて
「よく、センスがあればいい、などと言っている者がいるがそれは違う。
技術を学び、訓練してこそ、描きたい絵が描ける」というように語っている。
この「葬送」という大作を書くに当たって
平野氏がした努力は、どれほど大きなものだろう。
音楽家と画家についての本を読み、現地に赴き取材をして
創造力と想像力とを全力で使って
フランスの波の姿を、ピアノの音の響きを、
天井に描かれた巨大な絵画を、芸術家たちの苦悩を、日本語で表現した。
これからも良い作品をたくさん生んでほしい作家です。
そして今回、音楽家と画家が「そんなことは思いもつかない」
と思考の外においていた「この世と人」とについても
いつか書いてほしいなあと勝手に願っています。
ほんと、うらやましい人です。
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by haraheri4 | 2009-08-26 21:21 | 読書 | Comments(0)
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レシピ・たべもの、読書などなどの話。
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