「楽天記」

「楽天記」
吉井由吉
新潮社

「周囲至るところに恐怖あり」
「一日づつ暮らすほかに、格別の荒野もないのではないか(注:「づつ」は本文のママ)」
「世界は私にとって、荒涼索漠となった」
ああ、本当に。
季節の移ろいや、しばらく会っていなかった友人のこと、
自身の身の衰えなどの細やかな表現は、
「索漠」たる「私」の心をゆらして、そうでない世界を同時に見せている。

私は白黒人間で、
どっちつかずの曖昧なようすにあこがれながら、
全くそうでない人生を歩んでいて、自分を自分で苦しめている。
この作品は、そういう私には難しいのだ。
まるで反対なのではないか、という言葉と言葉がつながって、
一つの表現を作り出している。
一読して「?」と戻る文章が少なくなかった。
「ほのぼのと空けた心持」「凄然に澄んだ目」「矛盾の迫力こそ、尊い」
「熱心の掠れたあまりに躁ぐ」…とはどういうことをいうのでしょう。
一つ一つの表現だけでなく、
生と死も、夢も現も、また境目がはっきりしない。
死者に語りかけ、幻想に笑ってみせて。

「ああ、これはいやだ。自分がこうだったら…」と思わされる警告もある。
「人中で剥き出しの面相のまま」突っ立っている女、これは私のことか。
人と神との間にかわされる事柄については
「人間は神にたいして、心の安静よりも良きものを差し出すことはできぬ」という言葉には
深く頷かされ。

「楽天記」とはどういうことなのか?
とても楽天とはいかぬ、かといってすべてをあきらめているわけではない。
一言でストーリーを語れる物語ではないのだ。
とても難しかったです。
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by haraheri4 | 2009-11-11 17:33 | 読書 | Comments(0)